プロフィール

初めまして。当ブログの管理人、ヒロキです。

ここでは僕がどういう人かを詳しく紹介していきます。

 

管理人(ヒロキ)のプロフィール

小林宏紀(コバヤシヒロキ)、29歳。

出身は愛知県のサボテンと書道が有名な町。

 

特に取り柄のない、いたってフツーの人間です。

だが、なぜか小学校のころから図工や美術の成績だけは5でした。

(全然活かせていないww)

 

趣味は思いつく限りだと登山、ドライブ、ボウリング、カフェでのんびり、ブログ、アニメ鑑賞くらいです。

スキーも一応、誘われれば行くレベルで好きです(スキー経験20年以上)。

ただ、寒いのが苦手なのでよほどの事がない限りは行かない(女の子が一緒に行くなら99%行くww)

 

こうしてみると、アウトドア派のように思えるが、ぼくはいたってインドア派の人間です。

一番の趣味だと思っている登山だって年に数回くらいしか行かないですし・・・(笑)

やることが無ければ基本的に家かカフェに引きこもりますww

何も考えずにぼーっとしてる時間最高ww

 

あと、基本的に面倒くさがりで飽き性なので、興味のないことはやりたくないし長続きしません。

何か頼まれごとがあったり誘いがあっても、テキトーに都合作り出して断ることもしばしば(笑)

 

性格は人見知りで裏表が激しく、一見人当たりは良いが苦手な人がいたら態度に出てしまいます(口では言わないが)。

そんな自分が時々嫌になることも(笑)

 

人見知りでシャイなので、友達は少ないです。

口下手なので普段はめったに自分から声をかけたりしませんが、心を許した相手には積極的になります。

 

あと、嘘が苦手。

可愛い女の子には特に弱い。緊張して上手くしゃべれなくなりますww

 

他人の目ばかりを気にして息苦しいかった人生

ぼくの人生を振り返ってみると、今でもそうだが他人の目ばかりを気にして生きてきたな〜とつくづく思います。

子供の頃から人付き合いが苦手で、幼稚園や小学校でもクラスの中では目立たない、影の薄い存在でした。

 

遠足や修学旅行の班決めでもいつも自分は余り物の存在。

クラスの人気者が羨ましくてしょうがなかった。

 

どうやったら、あの子のように人から好かれるようになるのだろうか?

 

「人に好かれたい」という一心で、いつしか自分を捨てて周りに合わせるようになっていました。

もう前みたいに余り物の自分になりたくない!

こうして周りの注意を引いたり好かれるために、良い子を演じ続けました。

(水筒のお茶をふるまってあげたり、シャープペンの芯をタダであげたり)

 

今思えば、それはタダ周りにとって都合の良い存在としかみられていなかったのかもしれません。

でも周りがそのようにぼくを見ていることはわかっていながらも、同時に「自分が必要とされなくなる」ことへの恐怖感から何も言えずに時が過ぎていきました。

 

高校時代のある日、部活の友達にうっかり本音を言った事がきっかけで周りからドン引きされるようになりました。

本音を言えば何か変わると思っていましたが、言い方が間違っていたのか逆効果でした。

 

本音を言えないのも辛い。でも、本音を言って嫌われるのも辛い。

 

人間関係って面倒くさい・・・

 

何をしても人間関係がうまくいかない・・・

これをきっかけに、なるべく人と関わらない生き方をしようと思うようになりました。

 

大学のワンダーフォーゲル部で変わり始めた僕の価値観

暗黒の高校時代と受験勉強を乗り切り、何とか地元の国立工業大学へ合格。

1年目はテニスサークルに入っていましたが、ぼくが入ったサークルは男オンリーで女っ気がなかったので2年目には女子と出会える部活に入りたい!と思っていましたww

 

そして迎えた大学2年目の春、アウトドアやキャンプ、登山を中心に活動しているワンダーフォーゲル部(ワンゲル)に入りました。

集団スポーツ、勝ち負けのあるスポーツが苦手なぼくにとって、これならぼくでも楽しめるんじゃないかと思い入部(本音は女の子と交流したかっただけw)。

 

登山は思いの外キツかったが、同時に登頂の達成感やキャンプ、アウトドアの魅力にグイグイ引き込まれて、いつしか山が好きになっていました。

 

そして、ワンゲルにいる仲間達とも気が合い、大学生活はなかなか楽しく過ごせました。

 

また、ワンゲルのおかげで僕の価値観にも変化が。

 

登山はサッカーやテニスなどの勝ち負けのスポーツとは異なり、自分のペースで歩けるスポーツ。

それに山頂への行き方は一つだけとは限りません。

つまり、

 

周りに合わせる必用などない。

自分のペースで生きれば良いんだ

 

いつしかそう思うようになりました。

 

就活の流れに身を任せ大手自動車部品メーカーへの内定が決まる

自分のペースで生きようと思ったものの、結局ぼくは周りの就活の波に流されていました。

というのも、僕は将来特にやりたい事もなかったし、これからどう進んでよいかも分からない。

 

それなら、皆が進む道についていった方が楽だと思ったのです。

本当は就職なんてしたくなかったし、社会人として働いている自分の姿が想像できませんでした。

大学院まで進学した理由も、別に勉強したいわけじゃなくて就職活動を先延ばしにしたかっただけですし・・・(笑)

 

でも、皮肉にも2年という大学院生活はあと言う間に過ぎ、いよいよ就職活動の時期が。

今就職しなかったら周りに取り残される、親や親戚からガッカリされる、そういう変な危機感から仕方なく就活を始めました。

 

ところが、就職活動は難航。

どうせ就職するなら地元で有名な超人気の大手企業に入って周りにチヤホヤされたい、と思っていました(笑)

しかし、当然のことながら全滅。

 

それもそのはず、口下手で人付き合いが苦手で、おまけにやりたい事が分からないとくる。

こんな僕が他の優秀な同期に勝てるはずがありませんでした。

 

結局、学校推薦のあまり枠(言い方悪いが残り物の企業)を利用し、僕は地元のある自動車部品メーカーから内定をいただきました。

完全に周りの目を気にした人生を送ろとしていました。

 

大学院2年の夏休み、山小屋バイトで衝撃的な出会い

大学院2年の夏休みのこと。

無事に就職先も決まり、いよいよ最後の夏休み。

 

最後なので何か思い出に残る事をやってみたいと思いやってみたのが山小屋のバイト。

場所は白馬岳の登山口付近にある、猿倉荘という山小屋。ここで約1ヶ月間働きました。

仕事は朝5時から夜の7時まで、住み込みなのためほぼ休みなとかなりハードな生活でしたが、今思えばかなり充実して楽しかったな(小屋の管理人はクソ人間個性的過ぎて苦手だったがww)。

 

何より山小屋バイトをやって良かったと思ったのが、バイト仲間との出会い。

今まで、学校という一定の価値観だけを持つ人としか付き合ったことがなかったのだが、ここで出会う人は皆規格外の人ばかり。

バイト仲間の一人に、日本全国の季節バイトを転々としながら生活している30代前半の先輩(男性)がいましたが、その先輩の経験談がすごく面白い。

 

いつしか自分もこの先輩みたいに自由で生き生きとしたライフスタイルを送りたい!

 

内定が決まっていながらも、すでにそんな風に思うようになりました。

まさか、本当に実現に向けて動き出すとは、この時は夢にも思っていませんでしたが。

 

ぼくの3年間の憂鬱な社会人生活

2013年4月、いよいよぼくの新社会人生活が始まりました。

1年目は座学研修から工場実習、また配属先が決まったらそこで覚える事が多かったし、何より同期と遊ぶ機会も多かったのでそれなりに楽しい時間でした。

 

でも、2年目辺りから会社へ行くのがだんだん嫌になっていきました。

 

そもそも、技術系の職を選んだ理由は人と関わりが少なそうだったから。

コミュニケーションが苦手なぼくは、なるべく人と話さずに済むよう無難に生きていければそれでいいと思っていたんですね。

 

でも、全然そんなことない。

仕事をする上では当然、同じ部署内だけでなく他部署の人とも関わらなければなりません。

 

でも人とのコミュニケーションが苦手なぼくにとってはまさに生き地獄。

分からない事を先輩に聞くだけでも怖かったし、電話すら嫌だった。

 

物覚えが悪かったぼくは、わからないことを何度も聞かなければならない・・・

聞く度に先輩や上司の「またかよ!」という視線が心に突き刺さる。

 

1年目はまだ新人という事もあってか任される仕事も限られるし、失敗してもまだ許される風潮でしたが、2年目になるとそうもいきません。

日々、ストレスを感じながら会社に行っている自分がいました。

 

いつしか、大学院2年の山小屋バイトでの出会いを思い出します。

 

周りの価値観に縛られない自由な人生を送りたい

好きな時に働いて、好きな時に遊びたい

 

と。

そう思い始めた社会人2年目は、とにかく自由に生きるためには自分で稼ぐ力を付けるためにいろんなことを試しました。

物を転売するビジネスだったり、ネットワークビジネスだったり・・・

 

会社を辞めたい、という一心で副業に取り組んでみたものの・・・

 

結局どれも自分に合わずに数ヶ月でやめてしまいました。

副業のため、情報商材やネットワークビジネスにつぎ込んだ金額は覚えているだけで100万円以上・・・

 

今思えば良い経験でしたが、やはり100万円かけて何も変わらなかった時のショックはでかい。

会社員という後ろ盾があったのもあり、どうしても本気で取り組めなかったのが失敗の要因かもしれません。

 

結局、それから半年ほどはフツーに家と会社を往復する生活を送っていました。

 

しかし、3年目のゴールデンウィークに転機が訪れる。

 

5月病というやつ(?)にかかってしまいました。

GWの連休も終わりに差し掛かったころ、急に会社に行きたくなくなったのです。

あまりにも会社に行きたくなかったので、GW明けの2日間は仮病を使って休んだくらいです(笑)

 

しかし、このまま会社に行かないと人生終わりだ。

人生終わりたくないから、このまま我慢して出社しなければならないのか・・・。

 

そういう現実的な想いとは裏腹に、

 

なんで会社へ行きたくないのに行かなきゃいけないの?

休み明けの度にこんな気持ちになるのはもうゴメンだ・・・

 

そんな気持ちが強烈に湧くようになりました。

 

そしてついに、ぼくのなかで糸がプチンと切れたのです。

 

そうだ、会社を辞めよう!

 

5月の連休明け、ついにぼくは会社を辞める決意をしました。

 

でも、何の理由もなしに会社を辞めると今後後悔する気がしました。

どうせなら、何か口実を作りたい。

 

そこで思いついたのが、

「今会社を辞めないと、今後できないこと」

をやる、ということ。

 

それで、あれこれネットで調べていたら、ワーキングホリデー(ワーホリ)という制度があることを知りました。

 

これ、面白そうだな!

 

そう直感で思ったぼくは、まずはワーホリの情報収集をした。

どうやらワーホリは協定国で1年間、仕事や語学留学しながら滞在できるというビザらしい。

そして、年齢制限は18〜30歳まで。

 

これは若いうちにしかできない経験(口実)としてピッタリだ!と思ったぼく。

協定国についていろいろと調べていき、最終的にはニュージーランドに決めました。

 

ニュージーランドを選んだ理由は、国のサイズ感のちょうど良さ、あとはなんか緩そうだったから(笑)

ニュージーランド人(Kiwi)は日本人と違って楽観的でゆるーく生きているイメージがあったので、ぜひ現地で彼らのゆるーいライフスタイルを体感したい、と思ったんです(笑)

 

行く場所が決まったら、あとはいつ会社を辞めるか。

それほど貯金していなかったぼくは、残り半年間だけ会社を続けることにしました。

 

12月末に辞めれば年末のボーナスがもらえるので、それまでは頑張って働くことに(笑)

この半年間はワーホリのことばかりが頭の中にあり、あまり仕事が身に入らなかったようなww

 

いよいよ会社を退職。ニュージーランドでワーホリを始める

ワーホリの3ヶ月前、職場の上司に退職する旨を伝えました。

特に引き止められることなく、すんなりとOKしてくれたのでビックリでした。

まぁ、ぼくは仕事ができない側の人間だったので、どうでもよかったのだろう(笑)

 

2015年12月の中旬、待ちに待った退職日、開放感でいっぱいだった。

でも、同時に不安や寂しさもありました。

安定した職を失った不安と、職場仲間との別れの寂しさ。

あれほど行きたくなかった会社ですが、最後は感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

さて、退職後はワーホリに向けて本格的に準備を開始。

翌年の1月12日、念願のニュージーランドへ渡航。

 

ニュージーランドに渡航しても最初はあまり実感が湧きませんでしたが、ついに新たな人生をスタートさせたのです。

面倒くさがりで引きこもりニート思考のぼくが、よくぞ単身で海外へ行ったものだ(笑)

 

とはいいつつも、ニュージーランド到着後の最初の2周間はロトルアの日本人宅でホームステイしました。

英語が全くといっていいほど喋れなかったのでww

IRD番号や銀行口座の開設など、ニュージーランドで働くために必要最低限のことを手伝っていただきました。

 

あと、ワーホリ中の移動の足となる中古車もホームステイ中に購入しまいた(後にこの1台目の車はお亡くなりになりますw)。

ワーホリ用に買った中古車がオーバーヒートしてぶっ壊れた話

ホームステイ後はいよいよワーホリ本番。

 

でもよく考えたら、ぼくは日本人とのコミュニケーションすら大の苦手でした。

そんなぼくが、外国人と英会話なんてムリムリww

コミュ障なんてレベルじゃない、意思疎通すら取れるかどうか怪しい。

 

そんな風に不安でいっぱいだったぼくだが、1年3ヶ月のワーホリ生活は意外になんとかなりました。

もちろん、英語話せる人にいっぱい助けてもらったが、話せないなりに努力した結果、相手に意思疎通できるレベルの英会話を身につけることができました。

 

それに、人付き合いが苦手なぼくにも海外のワーホリ友達ができたのは大きかったです。

日本だと人に話しかけることなんてめったにありませんでしたが、ニュージーランドでは外国人に話しかける機会が割と多かった気がします。

これはぼくだけに限ったことではなく、同じ時期に渡航した日本人女性(超内気でうつ気味)も1年後には見違えるほど積極的になっていました。

海外デビューとはこのことかww

 

もちろん、ワーホリ中に波乱な出来事も色々とありましたが、全て良い思い出です。

参考までに、ぼくの1年3ヶ月のワーホリライフをご紹介します▼

 

【1月】
北島、ロトルアで2週間ホームステイ。その後、ホームステイ先のルームメイトと共に同ロトルア市内のバックパッカーズで1週間滞在。

色んな国のワーホリメーカーが集うバックパッカーズはまさに出会いの宝庫。人付き合いが苦手なぼくだったが、向こうから話しかけてくれる機会が多く何かと救われた。

 

 

【2月】
2月の初旬、3月から始まるキウイフルーツのパッキングの仕事のアプライをするためにテプケへ。

アプライ後は例のルームメイトと北島のグレートウォーク(NZに9つあり、うち北島には3つある)を1ヶ月間かけて周る。

NZのトレッキング名所「トンガリロ」の景色が神秘的過ぎて感動レベル!

NZのグレートウォーク「Lake Waikaremoana」4日間の波乱万丈な登山体験談

レイク・ワイカレモアナに始まり、ファンガヌイ・ジャーニー、トンガリロと無事に終えたが、途中雨に降られたりキャンプで暴風雨に巻き込まれてテントがぶっ壊れたりと何かと大変だった。でも、今思えば楽しかったな。

 

【3月下旬〜6月】
トレッキングの旅が終わったら3月下旬から始まるキウイフルーツのインダクションを受けるために再びテプケへ。

インダクション後は仕事が始まるまで新しいホームステイ先で待機。

そして、3月23日に念願の仕事スタート。

キウイフルーツパッキングの仕事が稼げる?僕が3ヶ月で稼いだ額は?

ニュージーランドで初めての仕事だったが、このキウイのパッキングが思った以上に楽しかった。仕事が楽しいってこういう事なのかという事を人生初めて学んだな。

 

【7〜9月】
キウイフルーツの仕事が終わったら次は南島ブレナムでヴィンヤードの仕事。NZdaisukiの掲示板で募集していたので応募してみた。

ヴィンヤード自体はあまり興味はなかったが、そろそろ南島にも行ってみたかったのでちょうど良い機会だと思い決めた。

仕事の紹介者(兼滞在先のシェアハウスのオーナー)は、ヴィンヤードの仕事はかなりキツいと言っていた。「キツいけど、それでも良いなら迎え入れるよ」と。

が、実際にやってみるとそのキツさは想像を絶するほどだった。

ヴィンヤードの仕事は想像以上にキツい!?約3か月働いて感じたこと

ヴィンヤードの仕事で給料400ドルが未払い!?「F◯CK OFF事件」の真相とは…

あまりの過酷な環境に、当初は1週間で辞めようかと考えていた。が、滞在先のシェアハウスがとても快適だったので結局辞めずにシーズンエンドの9月中旬まで働くことに。

キツかったが、その分楽しかった。あと、頑張りが認められて12月のブレナムのチェリーピッキングにコネで紹介してもらえる事になった。

ブレナムのシェアハウスを出たあとは、Motuekaのアイムホームのオーガニック農園で1週間エクスチェンジをした。

 

【10〜11月】
11月下旬から始まるチェリーピッキングまでの間、つなぎとして次の仕事を探そうと思ったが見つからず。

日本食の恋しさも限界を迎えていたので、10月の前半は一時帰国することに。

一時帰国を終えニュージーランドに戻った後、ワーホリ友達と南島を旅行することに。

クライストチャーチ、テカポ、ワナカ、マウントクック、クイーンズタウンを車で周遊。途中、クイーンズタウン近くのトレッキングコース「グリーンストーン・トラック」を4日間かけて踏破するも天候がパッとしなかったのが残念。

ニュージーランドをラウンド(一周)するために必用なノウハウと費用・持ち物は?

それでも旅行自体は楽しく、特にワナカやクイーンズタウンはとても気に入った。

11月中旬、もうすぐ始まるチェリーピッキングに備えて例のブレナムのシェアハウスに戻る。

そして、同時期にこのブログを立ち上げる事となった。

 

【12月】
予定よりも2週間遅れて、いよいよブレナムのチェリーピッキングが始まる(待機中はずっとニートしてたw)。

が、予想以上に稼げなかったのが残念。でも、仕事自体は充実していたし、シェアハウスでの生活も楽しかった。

ブレナムのチェリーピッキングが思ったより稼げなかった件

仕事はクリスマス前に終了。その後、次の仕事先があるクロムウェルへ行くまでの1週間シェアハウスでゆっくりして過ごした。

 

【2017年1月】
元旦に入り、いよいよブレナムからチェリーの本拠地クロムウェルへ。10月中にアプライしておいたCentral Cherriesでチェリーソーティング(仕分け)の仕事を始める。

ぶっちゃけ、稼ぎは全然よろしくないが職場の雰囲気が最高に良かった。

国籍のバランスも良く、日本人も結構いたので居心地がよかった。ワーホリ生活で一番楽しい時間だったかも。

NZで一番稼げる仕事!?クロムウェルでチェリーの仕事をゲットするための手順

日本人にお勧め!セントラルチェリーでの仕事内容や雰囲気について経験者の僕が語る

 

【2月】
Central Cherriesで出会った仲間と南島旅行へ。

ダニーデン、インバーカーギル、ブラフ、クイーンズタウン、ワナカ、クライストチャーチ、フォックス氷河など色んな名所を周る。途中、一緒に旅行していた仲間とは色々揉めたりもしたが、結果的に旅は十分に楽しめた。

スカイダイビングやヘリハイクにも挑戦できたので行ったかいがあった。

NZのスカイダイビング実体験レポート!お勧めの場所は?料金は?

【実体験レポート】Fox Glacierのヘリで行く氷河ウォークが超お勧め!

 

【3月】
ワーホリも残り1ヶ月。2月の旅行でかなりお金を使ってしまったため、帰国前に少しでも稼ごうと一緒に旅行した仲間と仕事を探すことに。

最初は南島で探そうと思ったが、仕事がなかなか見つからなかったので、この時期仕事の多い北島のヘースティングズへ向かうことに。

 

ヘースティングズではブルーベリーピッキングの仕事をゲットしたものの、わずか1週間で辞める。

ピッキングの仕事が退屈だったのもあるが、ヘースティングズの街があまり好きになれなかったのが一番の要因かな。

その後は例の仲間とテプケへ。ちょうどキウイフルーツのシーズンも始まろうとしていたので、あわよくばと思いパッキングの仕事をアプライしてみた。

Hastings のブルーベリーピッキングが素晴らしい!仕事環境と稼ぎについて

ビザぎりぎりでキウイフルーツのパッキングの仕事を探してみた結果…

その結果は…

 

【4月】
何とかキウイフルーツのパッキングの仕事が見つかったが、開始が4月上旬で帰国が迫っていたため2日しか働けなかった。

そして翌週の4月10日、日本に無事帰国する。

 

ニュージーランドから帰国後

ワーホリで一番気がかりなのは、帰国後のことだと思います。

日本では一度社会のレールから外れてしまったら、もとに戻るのは非常に困難と言われていますよね。

よほど手に職がなければ、希望職種での再就職は難しいのが現状です。

 

でも、ぼくはある一つのことを決心しました。

 

就職だけは絶対にしたくない!

 

そう、ワーホリで「好きな時に働いて、好きな時に遊ぶ」というライフスタイルを味わってしまったぼくは、とうてい日本の社会に戻る気はなくなってしまいました。

社会人時代から憧れていたライフスタイルを今実現しているというのに、また元に戻るなんて考えられない。

だから、今後も好きな時に働いて好きな時に遊ぶライフスタイルを突き通していくつもりです。

 

そんなことしたら、結婚は?将来は大丈夫なの?

 

そんな心配をされることもありますし、自分でも不安にあることがたまにあります。

 

でも、そんなことを今考えてもしょうがない。

 

人間なんていつ死ぬかわからないし、そもそも将来何が起きるかなんて誰も予測がつきません。

安定した職についたところで会社が倒産したり、大災害で全てを失ってしまうかもしれません。

 

どこにいたって、何をしたって人間リスクはつきもの。

 

どうせリスクを背負うなら、ワクワクすることがいい。

死ぬ前に「あの時やっておいてよかった」と思える人生にしたい。

 

結婚や安定に縛られて、今という大切な時間を失うのだけはゴメンだ。

 

今は、そういう理念のもとに好きなことやる「Kiwi」的なライフスタイルを築き上げようと奮闘中です。

好きなことやるためには最低限のお金は必要なので、じゃあどのようにお金を稼ぐかがこれからの課題。

 

好きな時に好きな場所で好きな人と仕事をする。

こうしたライフスタイルを実現するため、今の時代に即した方法としてはネットの活用が近道でしょう。

 

今後は、ネットを活用して自由なライフスタイルの確立に向けて動いていきます。

2018年7月現在は月収5万円前後ですが、今後は

  • 2018年12月までに月収30万円
  • 2019年4月までに月収50万円
  • 2019年8月までに月収100万円

 

これを目標にして突き進んでいきます。

 

このブログについて

このブログでは主にニュージーランドの情報を中心に、ニュージーランドで学んだ生活スタイル(NZスタイル)についてあれこれ書いていきます。

このブログで発信していく内容
  • ニュージーランドのワーホリ、留学について
  • ニュージーランド旅行について
  • ニュージーランド人(Kiwi)のライフスタイルについて
  • 国際恋愛について
  • 海外旅行(NZ以外)について
  • オピニオン
  • ワーホリしながらネットで稼ぐ方法(今後少しずつ)

 

今はニュージーランドのことメインで書いていますが、今後は海外旅行や日本での出来事、さらにはワーホリしながらネットで稼ぐ方法についても少しずつ取り入れていこうと考えています。

リアルに結果を出せたら、実際にアドバイスもしていこうと考えています。

 

ワーホリは人生で貴重な経験にはなる反面、日本の社会ではあまり良いイメージを持たれていないのが現状。

そのため、ワーホリ後に不安を抱える方も多いかと思います。

ぼくもそのうちの一人です。

 

このブログを通して、ぼくのように将来の不安を抱えるワーホリメーカーが、ワーホリ後も安心してストレスフリーな人生が送れるような手助けができたらうれしいです。

 

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